見舞客多し

父が母にも来て欲しいというので、朝、母親を迎えに実家に行きました。今日は、母の弟が外来受診の日で、その時に病室に寄ると言ったので、うれしいような、迷惑のような気がしていました。10時30分頃だったでしょうか。叔父が叔母と一緒にやってきました。叔母は、私が連日病院に張り付いていることを心配してくれ、「兄弟で交代に泊まってもいいんだけれど」と何度も口にしていました。その後、アイスをもって、今度派別の叔母夫婦もやってきました。もう、この時点で、病室の中には、本人も含めて7人もの人がいました。私は、なんだか無性に腹がたち、病室の隣にあるラウンジに行ってしまいました。

「なぜ?」って。もう、10日以上も食事を口にしていない父の前で、みんなで談笑してアイスを食べなくてもいいだろう。見舞いに来たんでしょう?という気持ちがふつふつと涌いてきたのです。おまけに、その後東京の品川から従弟もやってくるというのです。その従弟は12時くらいにやってきました。そのうち、「食事に行く?」と言うことになって、最上階にあるレストランに行って食事をとりました。私はあまり行きたくなかったのですが、母も行きたくないというので、ふたり揃って行かないのもまずいので、行くことにしました。話題は、孫や子供の話でした。

この日の夕方、再度私は母親を実家に送っていきました。その後、仕事帰りに実家による夫が、夕食をもって病院に来てくれました。

夜、8時過ぎ頃だったでしょうか。担当医の先生がお見えになりました。このころ、ほとんど父はまとまった内容の話ができなくなっていました。そんな父が全身から声を振り絞るように、先生に言ったのです。
 父「先生、決めました。」
 先生「何を決めたの?○○さん」
 父「もう、あきらめました。」
 先生「何をあきらめたの?」
 父「人生をあきらめました。もう、終わりにします」
 先生「何で終わりにするの?まだ、○○さん生きてるじゃない」
 父「もう、いいんです」
 先生「つらい?」
 父「はい・・・」
 先生「○○さん、私、○○さんの痛みをできるだけとれるように、がんばります。でも、とりきれ    なかった部分は、ごめんね」
 父「先生、最後までよろしくお願いします」

私はこの会話を聞いていて、涙が出ました。なんて、残酷な病気なのでしょう。
前日は、「眠くなる薬」を夜10時から点滴してもらっても、全然眠ることができなかった父(私も)だから、この夜は、違う薬を使うことを提案された。

点滴で流すのだけれど、点滴を始めた時に、呼吸困難が起こりやすいとのこと。看護婦さんが忙しかったせいもあるのだけれど、先生自ら、機械を持ってきて、薬を入れた。最初の数分間は、先生がじっと父の顔を見ていたけれど、そのうち「す〜っ」と寝入ってしまったので、「また、夜中に見にきますけど」と言って退室された。